飯郷作遺跡 いいごうさく

飯郷作遺跡(いいごうさくいせき)

 飯郷作遺跡からは、前方後方墳2基、方墳2基、方形周溝墓25基が検出されています。このうち、方墳と方形周溝墓は、調査時点での墳丘の有無によって区分されていますが、方形周溝墓の多くが墳丘を失ったものである可能性も指摘されていますので、前方後方墳を盟主とする古墳群であったと考えられます。

2基の前方後方墳は、主軸をほぼ同じ方向に向けて、連なるように構築されており、1号墳が全長25m、2号墳が全長29mの規模を持っています。

1号墳では、後方部の中央から主体部が検出されており、ガラス玉が検出されています。また、封土中からは銅鏃(ドウゾク)も検出されており、4世紀後半代に築造されたと考えられます。

2号墳では、重なり合う他の遺構との前後関係が明らかになりました。それによると、はじめに2号墳が築造され、次に2基の方墳が張り付くように構築され、最後にその回りに方形周溝墓が作られたことがわかりました。この事実のみで、遺跡全体の前後関係を推測することはできませんが、大きな手がかりになるものと考えられます。

飯郷作遺跡には、弥生時代から集落がありましたが、古墳出現の直前に集落は忽然(コツゼン)と姿を消し、以後埋葬のための場所に変貌する様子が観察されました。なぜ、このような大きな変化が起きたのでしょう。その鍵を秘めたまま、遺跡の一部は学校敷地内で現状保存されています。

(「原始・古代の佐倉」佐倉市市史編さん室)

        

   
2011年(H23)3月11日の東北地方太平洋沖地震の時に傾き
今もそのままの状態だということでした。

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