高岡大山遺跡 たかおかおおやま
 大福寺公園  

高岡大山遺跡(たかおかおおやまいせき)

  高岡大山遺跡からは、旧石器時代から中・近世まで、様々な時代の遺構や遺物が検出されていますが、中でも注目しなければならないのが、400軒を超える竪穴式住居跡と220棟以上の掘立柱建物が検出された奈良・平安時代のことでしょう。

 この時代、集落は急激に拡大しており、同時に多数の掘立柱建物が出現します。しかも、掘立柱建物は、直線的、あるいは「コ」の字状、「L」の字状など、数回の建て替えをへながらも、強い規制のもとに計画的に造営されているのです。

 また、南西部に見られる倉庫と思われる総柱の建物群や四面庇(ひさし)の建物の存在も一般の集落では見られないものであり、この遺跡が極めて公的な性格の強い施設として、長期間にわたって運営されていたことがわかります。

 文献資料には、この地に役所や官庁が置かれていたこと記載したものはありませんが、遺跡の内容から考え、高岡大山遺跡がこの地方を統括するような性格を持つ集落であった可能性は極めて高いものと考えられます。

(「原始・古代の佐倉」佐倉市市史編さん室)

  
  
   
佐倉市立白銀小学校
白銀公園   白銀西集会所付近からの景色  左の林が大福寺公園   
  
 白銀公園 


  
白銀の中心 大廻り公園。 盛り上がりが古墳のように見える。  



八木山ノ田からの白銀風景

inserted by FC2 system